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復活の王国 >サンクチュアリNEWさんのブログより


復活の王国 Kingdom of Resurrection
2017年12月3日

翻訳:管理人

早速み言を見ていきましょう。
黙示録20章に入ります。

そして説教の終わりにかけては、神学的、心理学的な問題を少し考えます。
まず動画を見ることにしましょう。制作したのは、驚いたことにニューヨークタイムズです!3人の記者が北朝鮮に入ったそうです。そこでいわゆる調査報道(Investigative Journalism)を試みたわけです。ニューヨークタイムズは言わずと知れたディープステートと連邦政府のプロパガンダの道具ですが、それでもフェイクニュースでも最低限の誠意があるところを見せたいのです。

現在、われわれは多くの地政学的問題に直面しています。皆さんもキングズレポートで毎日聞かされているはずです。(特別検察官、元FBI長官)ミュラーがトランプを追い詰めてるだとか、フリン(前大統領補佐官)が法を犯したのではないかだとか、トランプを弾劾にかけようとしているだとか・・・そのすべての出来事が北朝鮮の問題と並んで進行しているのです。この問題も消えるどころかまたまた危機が戻ってきて、事態をより厄介なものにしています。ここで、まず動画を見て、そのあと、黙示録20章に入り、神学的に、また心理学的に読み解いていくことにしましょう。

どうですか、ニューヨークタイムズが作ったものです。まるでヒラリーをかばったことはない、といったようです。武器を持たせ、核を持たせたのはクリントンではないですか。まあ、公平を期すなら、ニューヨークタイムズも、(北朝鮮問題は)トランプ政権以前に始まっていたと言っています。しかし相変わらずのナルシストです。

「我々がもっとイラクの時も声をあげるべきだった」などと言っています。それどころか、アフガンでも、エジプトでも、リビアの時もニューヨークタイムズは最大のプロパガンダ機関としてかかわってきたのです。

(リビアの)ベンガジ攻撃のときに、アメリカの大使が命を落としました。その事実を隠した張本人がニューヨークタイムズです。だからフェイクニュースが力を持つからトランプは「偽情報をばらまく軍事工作機関だ」と非難したのです。具体的にはCIAやディープステートとつながっているのです。しかし最近は少し変わってきました、表向きは理性的になってきたのです。この映像を見るとき注意しなければならないことは、写っている場所は国が許可した場所であるということ、間違って他の所に行って北朝鮮の恥部をさらすことをすれば生きて帰ることができません。だからカメラを向けられた北朝鮮の人々も「おかしなことでも、もし言ったらどうしよう」という風なのです。「もし変なことを言えば殺される」これが本音です。

本題に入る前にもう一つ。ステファン・モルニューのできのいい動画がありました。ユーチューブでは最大の哲学者の一人です。モルニューは無神論者であるにもかかわらず、キリスト教の倫理を称賛しているのです。なぜならキリスト教倫理が、西洋文明の安全弁になってきたというのです。西洋文明の基本的原理だと。これは心理学の学者ジョージ・ピーターソンも認めています。キリスト教倫理を評価しているのです。奇妙なことに、自分はキリスト教徒でもないのにいかにキリスト教が重要であるかと言っているのです。
キリスト教文化は他のイデオロギーと違って無神論者が生きていくことにとっても必要だということです。
モルニューがいうには、マルクスなど20世紀初頭のイデオロギーをみるとき、共産主義にしても社会主義にしても、マルクスは、封建主義から資本主義に進んできた、そして資本主義も穏やかな死を迎え、そのあと当たり前のように共産主義が到来する。

その意味で、資本主義は最後のユートピアである共産主義を迎えるための不可避な前段階だというのです。ブルジョアジーによる搾取に大衆が怒り始めると。しかし実際に20世紀の資本主義で何が起きたかというと、それは崩壊せずにそのまま体制は存在し続けて巨大な富を生みだした。共産主義へと自然に移行することはなかった。ではどうするか。自然死がないとすれば、多くの共産主義者は、合法的に資本主義を転覆させようとしたのです。新しい法律を作り、共産主義システムを作ったのです。

黙示録20章、ここに汲み取るべき多くの問題があります。これから読んでいきますが、最初から通して全体を読むことはせずに、読みながらポイントで立ち止まりながら進めます。今日はそういう読み方をします。

黙示録20章、

1 またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。
2 彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕えて千年の間つなぎおき、

いったんここで切りましょう。心理学者ジョルダン・ピーターソンは心理学的にもキリスト教の美徳というものを高く評価しています。西洋を造ったその神学と道徳もです。ピーターソンはキリスト教徒ではありません、心理学者であり大学教授です。その彼がキリスト教文明を高く評価しているのです。西洋文明の基盤だとまで言っています。特にそれがもたらす「自由」について。

彼はその研究のなかで、キリスト教自体は神話の一種か何かだといっていますが、西洋社会の成功の基をキリスト教の基本的教義にあるとしているのです。キリスト教の教義とその形而上学的宇宙観と神学です。

面白いと思うのは、ピーターソンは「堕落」を、心理学を採用して次のように解釈しているのです。
エデンの園があって・・・・ピーターソン教授は極めて心理学的に創世記を分析するのです。
これはキリスト教に限らず、たとえば仏教の瞑想が心理的にどのような効用を持つかという面から分析したり、総じて、様々な分野を対象に盛んに行われていることです。
仏教の教えを心理学的に分析するのです。つまり、信仰を別にした仏教について、宗教を巨大なたとえ話と捉えて、心理学の対象とするのです。
自己を心理分析する-そして、それ以上の目的は持たない追求しないというのです。宗教はむしろ心理学の手段に過ぎないのです。ピーターソンもおそらくそれに近いものでしょう。そうやって研究を続けてきたのですから。

科学ではもちろん創世記それ自体に踏み込みます。時間と空間のはじまりだとか、宇宙の始まりなどについて・・
しかし発見された化石以前にまでさかのぼることは難しい。まあ、こういう話はいつもしていることですね。

この「底知れぬ所」という言葉を見てください。2節です。「龍(悪魔)をつなぎおく」とあります。ピーターソン教授の心理学的エデンの園はなにかというと、ブッダの話とも比較しているのですが、これは神を信じない、イエスを信じない立場では仕方がありません。

しかしこればかりはわかりませんよ。アントニー・フルーのように死の直前になって「神の存在は否定できない。科学もアリストテレス流の神を認めざるを得ない」といいました。アントニー・フルーといえば、20世紀最大の無神論者と言える人物です。

ピーターソン教授はエデンの園、園(ガーデン)というのは、半分、文明であり、残り半分は未開地とみるのです。文明の地は、開拓しているので、略奪者がうろついたりしません。しかしそこに、野生の要素もある。多くの木々や野草など・・・しかしそこに文明のバランスがあり、自然とのバランスがある。よって、ヒトの堕落というのは、まずヘビが登場する。まあ、哀しいことに、ピーターソン教授も進化論という神話を信じているので、われわれはサルが進化したものに過ぎない。そこで教授がいうには、色を見分ける能力をヒトが獲得したとき、そのとき地の上に住んでいたと彼は言います(笑)。

エデンの園にはたくさん木があり、そこに沢山果物ある。色を識別する能力を身に着けたので、色のついた果物を取る-まあそんな話です。その半分分明、半分未開の園で神様がこういうのです。

「ある木の実だけは食べてはならない」

善悪知る木の実です。ところでピーターソン教授は、これを「自意識」ととらえています。この実を食べてはならない、なぜならそれをもつと、理想郷が破壊されるから。もう少しかみ砕いて話しましょう。

もともと猿だったと考えて下さい。オランウータンかチンパンジーのせいぜい進んだものです。
そこに自我や自意識はありません、ただ本脳があるだけです。ところがある時点で自意識のようなものを獲得する、そしてあるとき目覚めて、なんと自分を意識し始める。
自分はこういう行動をとって、本能を意識する。そこには存在論的に巨大な跳躍があるというのです。
猿は自分がしていることを意識しません、ただ本能の赴くままに生きているのです。
それが完全に覚醒した。
そして将来を考える能力も身につけた。自意識の目覚めだけではなく、想像力を働かせるようになる。その想像力をもって将来を見通し、実際のイメージをもつ。
先週も話しましたが。崖を歩いている時、崖から落ちて卵が砕けるように自分の体が粉々になることを想像できるようになる。想像力をもってそうするのです。実際に行ってみて結果をしるのではなく。
想像力によって前もって結果を知るという話です。自分は死ぬという想像、それが結果的なものから自分を防いでいるといえます。現実に自分の身に起こることから。

ユングはこれを夢の探索にもとめました。「夢の情景」とよばれるものです。夢が神話の始まりで、夢から芸術、文化が生まれたと。そこでエデンの園の心理学的解説の続きですが、善悪知る木の実を食べる行為は、「自我意識」を獲得することだといいます。そして女性が最初にそれを獲得します。蛇と交流する女性。ここで蛇は、巨大な略奪者というよりは小型の略奪者です。それが薗にはいってきた。心理学的に言うと、自我に目覚めることで、現実に目覚め、邪悪な略奪者も見ることになる。人生のはかなさ、短命、死すべき運命に直面する。将来を想像するとそこに死があるというのです。

動物をご覧なさい。兄弟、父親、母親が死んでも、何が起きたかすらわからないのです。ところが自我意識に目覚めたとたんに将来を見通してそこに死があることを悟るのです。死から逃れられないことを。そこで「蛇」はヒトの死すべき運命を意味すると心理学者は言います。いつか究極の、知らざる世界、つまり死に遭遇することを知るのです。

そこで人類は暖かい暖炉の火の前から外に出ていき、荒野に出て、異なる感覚、様々な技術を習得し、生き延びる為の技術を身につける。知られざる世界で、その世界を克服する時大きな収穫を手にするというのです。

ここに要点があります。それは聖書の表現です。
例えば「火の池(Lake of Fire)」。聖書は地獄をさまざまに表現しています。
また「サソリがいる場所」、「暗闇」などいろいろです。そういうものを用いて、本能的な恐怖を表しているといえます。未知のものに遭遇するとき、捕食者(プレデター)や龍(ドラゴン)など・・・

サタンが年を経た蛇とたとえられていますが、クリスチャンは文字通りサタンが蛇だなどとは考えません。サタンは霊的存在であり、動物の蛇は話をすることもないし、女性を誘惑することもありません。また神様はルーシェルを天使長にしました。だからキリスト教世界の中には少しはいるかも知れませんが、大半の人はルーシェルが蛇だとは思っていません。

ここで最終的に「ヘビを捕える」とあります。神の王国、天国に神様が降りてこられ、ここ(黙示録)では、御使いになっていますが、神の王国の先触れとなるものです。そしてこの龍(へび)を完全に捕まえてしまいます。
この龍(へび)であらわされた、あらゆるプレデターの合成体です。
ここで大切なことは、この聖句の持つ政治科学的解釈です。

神の民、神の文化が現れて、この龍、へびを支配するということの持つ意味は、われわれがプレデター(捕食者)を支配するということです。
プレデターの階層を支配する。いうまでもなく地上最悪、最も危険な連中です。最も危険な敵だというのです。
チーフに聞けばある程度理解できるでしょう、ベトナムで戦ってきましたから。最も危険な生き物は、ライオンでも熊でもヒョウでもトラでもありません、「狂った人間」こそ最も危険だというのです。
他の人類に最も危険な存在です。しかも、知恵が豊富です。

この聖句はわれわれに、「最後の時、神の民がキリストと共に、龍(ドラゴン)を退治する」といっているのです。龍はほかのあらゆるプレデター(捕食者)を合体させたものです。これはプレデターを支配するということです!

ここは重要です。社会が破たんする時はいつも、マルクス主義は階級に分けて闘わせる。
つまり、階級闘争の手段を使います。プロレタリアート対ブルジョア階級などがそうです。いろいろな偽りの二元主義があります。

金持ちと貧乏人、黒人と白人、北と南、東と西、男性と女性・・・これが男女の戦い、ジェンダーウォーといわれるものです。
これらに共通するのは、「分断して統治する」です。
自由と主権を中心として一つになることの逆です。
私有財産、自衛能力を中心に団結する、隣人を愛するなど。
こういうことをプレデターは好みません。人類を分断する、いつも不満を抱える
つまり何も考えない状態、こうなるとコントロールされやすくなります。政治的にも不活発。
左翼、政治的サタン主義者は知っているのです、政治を通して権力を握ることができることを、そして人々を支配する。
抑えがたい怒りをもって、権力の亡者となった狂人を乗っ取る。あなたの人生を支配し、あなたの家族を支配しようとする者たちう。人びとが言っていいことも悪いこともその者達が決める。
「ああ、それはヘイトスピーチだ」といって検閲までするのです。子供たちを洗脳し、夫婦を裂き、家庭問題を増大させ、子供を親の敵に仕立て上げ、親を子供の敵にする。
もうこれは、古典的な「分断-統治」の社会工学だというのです。
自分達のすべきことをよく知っているのです。人間の脳の成長についての専門家だからです。
ビルダーグループやソロスなどの愚か者たちは人間行動の研究に何千億単位のお金を注いでいるのです。まるで動物を飼育場で実験するように!

脳や神経機能について行動についてさらに研究を進めるなら、より飼育が簡単になると考えているのです。その彼らがもっとも嫌うもの、それは「キリスト教文化」なのです。

なぜなら彼らは強靭だし、迫害を受け、馬鹿にされ、あざ笑われても気にしないのです。彼らは、この世に迎合せず、神様に従うからです。より高い目的の為に生き、とてつもない力と集中力をもち、善を基準とする。恩寵を基礎とし、神を愛し隣人を愛することを目指している。男と女は神の似姿として造られたことを基本にしている。女性の価値が男性の半分しかないというイスラムと違います。5歳の少女と結婚し9歳の少女、アイーシャとセックスをするムハンマドとは違うのです。そこでは性奴隷を持つことも自由。それは今現実の文化の憎しみをよんでいます。学者たちが立ち上がったのです。西洋文明が傾いて転覆しそうになってきたからです。ついには、キリスト教に敵対してきた人まで、立ち上がり始めました。その一人がティラナ大学名誉教授のピーターソン氏です。これらの人びとが表に出て、左翼と左翼カルトとその教義に反対意見を述べているのです。
左翼の宗教は、国を崇め、神のように政治家を権力の座につけ、その者たちは人々を家畜でも飼育するように思っている。
そして自分たちのマフィア、グループで分け合っているのです。それが正しくそれが法にかない、現代的でリベラルでトレンディだというのです。それが嫌なら、黙れ!検閲だ!お前も、お前の家族も憎む!銃も持つな、武器などもたせない!腰をかがめて、媚でも売れ!というのです。人(man)ということもできません、それが差別だと彼らは言うのです。

彼らが憎むのは、キリストの教会です。
西洋文明は、存在論的にも人類学的にもキリスト教をその基礎にしているからです。
男女は法の前に平等だという考えは、創世記から存在するのです。
ある族長が女性を虐待したからと言って、神は男と女をご自分の似姿に造ったということの反証にはなりえません。
神は男をご自分の似姿に造り女を男の奴隷として造ったとは言っていないからです。
法の前の男女平等? すでに創世記に書かれている!
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Author:ニコラス morison
 韓国は北朝鮮と 中国に吸収されていくでしょう。
どうして 怨み深く社会主義化してしまったのでしょう。
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