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「鉄の杖」の王国-Kingdom of the Rod of Iron

「鉄の杖」の王国-Kingdom of the Rod of Iron
 2017/12/17

翻訳:管理人(サンクチュアリNEWSより)
 オケアヌスさん感射です。

鉄の杖について話さなければなりません、とても重要だからです。
聖書にははっきりと再臨のイエスは鉄の杖で治めると書かれています。
これはカトリックの描く感傷的なイエス様の姿ではありません。
ハリウッドが描く金髪で青い目をしたイエスでもありません。
白いローブを身につけて空中にでも漂いそうな・・(笑)

イエス様はそんな風にはやってはこないのです。

実際のイエス様は、急進的革命家であり、相手を「マムシ」、「盗人」、「白く塗った墓」などと非難しました。そう、へび、蝮の子だと罵りました。ありとあらゆる言葉で、悪の邪悪を罵倒しました。イエス様は私たちが思い描く姿ではありません。何か女性っぽく弱々しい方ではなかったということです。ある女性のことを「犬」と呼んだこともあります。

その意味ではイエス様はポリティカル・コレクトではなかったのです。ありのまま語られました。そして同時にとてつもない愛の持ち主でした。悔い改めると罪を赦されたです。だから「愛なる父」であられたとも言えます。イエス様は愛なるお父様でした。愛なる神様の実体であり、地上の「愛なる父」でした。

だからイエス様が戻ってこられる時、カトリック教会が描くような姿で来られることはないし、同様のフェイクな姿で来られることはありません。

再臨の姿は聖書にはっきり描かれています。鉄の杖で治めると。キリスト教世界で普通にそれを聞くと、こう思うのです。

「あぁ、悪い者達はせいぜい気をつけるべきだ。独裁者やサタンのような王たち!気をつけろよ!再臨されるイエス様に鉄の杖で打ちのめされる。悪者すべてを打ち砕かれる!」

こういう時その人は、再臨のキリストもサタンの王のように支配すると考えているのです。
これはおかしなことです。イエスが来られる時、キリストの王国、新しいエデン、新しいエルサレムが到来します。

そこで神様はどのように統治なさるのでしょう。独裁主義のサタンの王のように治められると思いますか。アダム、エバのすることをすべてがんじがらめに規制すると思いますか。登録用紙をつくって、あの山に登りたいのか、あの沼で釣りをしたのか、登録証を見せろ、などと。許可証はどこだ。猟の許可証をみせなさい。

あなたが木の実や果実を収穫の刈入れをしている時に「刈入れの許可は取ったのか」と言われたらどうですか。「その肥料は、アメリカ農務省の許可したものなのか?」「認可された肥料を使ったのか?」などと。アダムもエバも逃げ出すでしょう。
クリスチャンが、「ああ神様が来られる。鉄の杖ですべて打ち砕かれる!悪者を花瓶のように砕かれる!」。これが事実なら、神様はどのように統治されるのかというのです。クリスチャンはキリストが独裁者のように統治すると思っているのです。しかしそれは神様の本性と相容れない内容です。

神様の戒めは、神様の本性の延長線上にあるものだということを知っています。神様は真実なお方だから「嘘をつくな」という戒めをくださったのです。神様が愛のお方だから、人のものを取るお方では決してないから「盗むな」という戒めをくださったのです。神様は殺人者ではないから、正当な理由なしに命を奪う方ではないから「(人を)殺すなDO NOT MURDER」と言われたのです。ジェームズ王欽定訳聖書では「殺すなはDO NOT KILL」ですが、ヘブライ語の旧約まで遡って見れば「殺すな」は「DO NOT MURDER(人を殺すな)」なのです。なぜなら、人は時に(生き物を)殺す(KILL)からです。しかし人を殺してはならないのです。「殺す」ことは神様の本性に反します。神様が邪悪と戦うお方だから、あなたも悪と戦うのです。オオカミが自分の子を襲おうとしたら戦うお方です。悪なるものに正義をもたらすお方です。しかし正当で道理にかなった理由がない限り、神様は人を殺しません。

(鉄の杖)これは深刻なトピックです。たしかにサンクチュアリ教会では何か楽しく面白いことのように扱っています。素晴らしい「鉄の杖だね」「わー凄い」とか言って。しかしこれは深刻な内容を含むというのです。

(鉄の杖の話は)これは本当に深刻な話題です。哲学的にも深くて密度が濃いのです。
いまは、ここで楽しげに話題にしていますが、非常に意義深いこと、再臨主が来られた時、神の国が到来したとき、神様による統治方法に関わる話なのです。それは神の統治法であり、権能を持った聖徒たちが治める法なのです。だからこれを避けて通る訳にはいかないのです。ある時点で聖徒はこの鉄の杖をもって支配しなければならない、そういう時が来るのです。しかし一体それが何か分かりません。

だから今日それについて話します。ここで関連する聖句を見てみることにしましょう。

詩編2:8-9
「8わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える。
9 おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう」

「わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え・・・」これはクリスチャンに強欲になれというのではありません。「ようしじゃあ、ひとつヒトラーかスターリンのように支配してやろう」そうではないというのです。私たちはキリストに似た者にならなければなりません。神様が完全であるように完全なものになりなさい、すなわち愛に溢れた者になりなさいというのです。権力も持つけれど、多くの愛をもたなければなりません。なぜなら、愛がなければ、権力は悪化するからです。

お父様はいつもおっしゃいました。何万回おっしゃったか分からないほどです。「神様には権力もお金も知識も必要ない。神様は愛なのだ」。だからといってお父様が権威と力を持たなかったのではありません。とてつもないほどの力と権威を持っておられました。しかし中心は愛なのです。愛が中心でなければだめなのです。

若者たちを訓練するとき、皆さんが平和警察・平和軍のトレーニングに参加するとき、また今インターネットを通して世界中のメンバーが一緒にトレーニングできるシステムを考えているところですが-わたしたちがトレーニングをするときそれはイエス様の命令に従っているのです。それはなにか。「神を愛し、隣人を愛せ」これです。これはまったくすべてが凝縮された戒めだといえます。パリサイ人がやってきて「どの戒めが大切ですか」と聞いたとき、「神を愛し、隣人を愛せ」と言われたのです。「自分を愛するように人を愛せ」とも言われました。だから、自分を守るように、あなたの隣人を守りなさいというのです。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」ともおっしゃいました。まさにその通りです。必ずしも隣人がソウルメイト(魂の伴侶)である必要はありません。必ずしも、自分にとって好ましくなくても、ひとたび何かが起きれば助けるのです。それが善良な愛ある人の心だというのです。平和警察・平和軍はそれを実践するの人です。

私たちはすべてのキリスト教会の人々に、平和警察・平和軍の訓練に参加するよう呼び掛けています。どうですか?  (拍手)

すべてのキリスト教会で、平和警察・平和軍のトレーニングをするべきです!すべてのキリスト教コミュニティがです。

神様は「わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え(る)」とおっしゃいました。過去のサタン的独裁者の統治ではありません。彼らは皆、政治的サタン主義者だったのです。そうして神の聖徒は神の国で、神様とともに立つことになるのです。

「地のはてまでもおまえの所有として与える。」

どうして紋章にまで王冠と鉄の杖をなぜ用いるのか分かりますか? AR-15と王冠を。
王冠はもちろん「主権」を象徴します。同時に神様から与えられた私有財産をも象徴しています。ここに自由の意志によって集った人々がいます。それぞれが自分の所有する銃や私有財産を持つ人々です。全ての銃は中央で所有するとか、土地の中央で管理するなどという社会システムはここにはありません。それはサタン的システムです。

すべての人は、若者たちも含めて、幼いころから教育するのです、借金はせず、自分の土地と持ち物でお金を稼ぐ、自分の財産を持ちなさい、神様が所有者であるようにあなたがたも所有者にならなければなりません。そして愛と思いやりでキリストのごとくそれを治めるなら、当然その領地をまもり、王、王妃にならなければなりません。

一体どこの教会(キリストの体)がこのような事を教えましたか。誰が鉄の杖を教えたというのです。誰も教えなかったのです。鉄の杖。鉄の杖に関してはインターネットでも話題になっています。鉄の杖に関して啓示を受けた牧師は一人や二人ではありません。

彼らは鉄の杖を語り、主が戻ってきて鉄の杖を持って王国を建ててほしい、聖徒たちに鉄の杖で治めてほしいと痛切に願っているのです。しかし彼らには「鉄の杖」が何を意味しているのかが分かりません。王国がどのようなものになるかが分からないのです。そして多くのキリスト教人は過去のサタン王国のような統治をすると思っているのです。それは独裁ではないですか!

それは神様の本性ではありません。エデンの園をそのようには統治しないというのです。それをどうしたら信じることができるでしょう。

だからクリスチャン達に天一国憲法を見せるとき、彼らは、カルトだとかレバレント・ムーンはメシアではないといいますが、全く私は気にしません。いいたいことを言わせておけないいのです。実った実を見てみなさいと言うのです。天一国憲法を見なさい。これこそ神の国の成就であり、自由と主権と権力を最大限にまで王と王妃、すなわち天一国市民に与えるものです。そして同時に実際の王権と王国とともにある。キリストとキリストの価値を中心とした王国です。

ああ、これも重要です。黙示録2章27節です。
27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。

AND HE SHALL RULE THEM WITH A ROD OF IRON,
(彼は鉄のつえをもって、彼らを治めるであろう)

このshallというのは非常に強い命令を表す語句です。「人を殺してはならない(十戒)」も英語ではSHALLを用います。「法を犯してはならない」これもSHALLです。このSHALLは法律の条文では最も強い言葉なのです。

彼は鉄の杖をもって治めるであろう

キリストの王権をどのように説明するのですか、それが到来したとき。「鉄の杖で治める」というのです。キリスト教徒ならここは避けて通ることができないのです。「鉄の杖」が気分を悪くさせると言ってどうやって避けて通るのですか。
「ああ、キリストが鉄の杖で治めるなら、そのおこぼれにあずかろう」
そうはいかないのです!

黙示録4章にどうありましたか。聖徒を裁き主に任命するとあったでしょう。そして彼らも鉄の杖で治めると。だから聖徒たちにもキリストから与えられた責任があるのです。

おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう。わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。
お父様の権威に戻るという言葉を覚えているでしょう、この聖句では、わたし自身が父から権威を受けるといいます。

世界で、一つでもいいから、このごとく実った国、結実した国を挙げてみなさい、キリスト教国でもいいから。神の国として実った国・・・ただの一つもありません。一つもない!

いまだに心に思い描くだけ、ただ再臨のイエス様に任せる、クリスチャンたちはその国の姿すら想像できないのです。それは独裁国家ではありません、神様が独裁の王ではないから。もちろん、悪は排除されることでしょう、こっぴどく罰せられるでしょう。悪は自然と押し出されて、片隅に追い込まれて、分解され解体される。人びとが神様に似た者になるからです。

天一国憲法を理解できますか。真剣に理解するなら、そしてそれが地上で施行されるなら、国民を神様に似た者にするでしょう。皆さんが神になる訳ではありません、それは神聖冒涜です。天の父が完全であるようにあなたも完全になりなさいということです。より神に似たものになるとき、悪、邪悪、堕落も含めてそれらは力を失い、そして厳しく罰せられる、その一方で、善なる側には、自由市場と自由な社会が皆さんに奉仕する側に回り、そこから見返りを得ることができ、今度は自発的に皆さんが社会に奉仕する。皆さんは本当に他の人に仕えるために生きているのです。それでうまくいくのです。

もちろん火事だって起こるでしょう。地元の消防署のようなものも必要です。地元の平和警察・平和軍です。それはだれが責任を持つのでしょうか。それは市民が管理するのです。市民が警察になり、市民が軍隊になるのです。それが王、王妃の義務なのです。自分の領地は自分で守る、自分の領民も守らなければなりません。

だからキリスト者は、奴隷根性を捨てなければなりません。「イエス様が再臨されたら、再臨主がすべて面倒を見てくださる」・・・これは奴隷根性だというのです。何でも再臨主がしてくださる・・・。なんと、おそろしいまでに特権的で利己的でナルシシズムに満ちた考えでしょうか。

聖書には「われわれはキリストと共に共同相続人になる」と書かれているのです。キリストが共同相続人にして下さるというのです。それには責任が伴います。キリストはわれわれを裁き人に指名されるというのです。正しく悪を裁く裁き主です。

不義に正義の裁きを下す。正義をもって・・正義をもってです。独善的に傲慢に裁くのではありません。正しく裁かなければなりません。私たちは分立できなければならないのです、善悪を区別できなければなりません。キリストの共同相続人にならなければならないのです。奴隷ではないのです。難しいことはキリストに任せて、そのおこぼれを頂戴する、テーブルのパン屑をもらって幸せを感じる、それではいけないのです。それは相続者の心構えではありません。

奴隷階級の精神がしみついたクリスチャンたちにはもう、うんざりさせられます。まったく胸が悪くなるのです。(アメリカの)民主党をなんだかんだと非難していますが、彼らの信仰は民主党と同じではないですか!一体どういうことだというのです。とんでもないことです。

だから私はアベル型の生き残りであり真のキリスト者は、GOA(米国銃所有者協会)の人たちだといつも言っているのです。彼らこそアベル型人間であり、真のクリスチャンです。彼らはキリスト教会の中心です。皆も知っているように彼らがトランプを大統領に押し上げ、大いなる主権革命をもたらしたのです!決して派手なジョエル・オスティーン(テレビ伝道師)などではありません。

トランプを大統領にしたのはそれらのキリスト教会ではないのです。トランプを大統領にしたのは修正2条を支持する、勤勉なブルーカラーの労働者たち、退役軍人たちです。彼らが投票場に出向いてトランプに票を入れたのです。

彼らは模範的なキリスト教徒ではないかもしれません。奥さんにぼやかれているかも知れません。しかし心で分かっていたのです。この国がサタン主義者に倒されそうだとその良心が知っていたのです。小児性愛者が無罪放免になっているのも我慢ならなかったのです。娘が性奴隷としてジョージ・ソロスに売られていくことに我慢ならなかったのです。それで魂の底から湧き上がるものがあって、闇の勢力に立ち向かったのです。だから正義の上に立ち上がった。自分は罪人だと自覚しながら。それが真のヒーローだというのです。

文明を繁栄させるのは軍人ではありません。堂々と表に出てヒラリー・クリントンを打ち砕く者。踏みつけに、踏みつける。この人たちが成し遂げたのです。いつも非難され、罪悪感を持たされ、見くびられてきた人たち。

彼は鉄の杖をもって治める

これを避けて通ることはできないのです。
クリスチャンはこれを避けて通ることはできません。
イエス様が戻ってこられる時、鉄の杖で治めると言っているではないですか
王国であって民主主義ではないと。

皆さんが責任を持たなければならないのです。おこぼれをもらうのではないのです。彼ら(クリスチャン)は、左翼と急進派の進める社会福祉を批判します。しかし普通のクリスチャンとイエスの再臨について話をするとき、彼らの気構えは完全に社会福祉を受けるのと同じものです!

これはキリスト教会内の最も偽善的なファシスト的な嘘偽りです。あまりに愚かしく、あきれ果ててしまいます。左翼の狂気には悩ませられますが、キリスト教会にいる人たちが、イエス再臨の時には福祉を受けたいと思っている。麻薬でもやっているのか!

キリストの共同相続はどうなるのだ。王国の責任を背負うのだ。全く愚かなことです。まるで隠れスピリチュアルのナンシー・ペロシ(第60代合衆国下院議長。民主党所属)です。

おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう

黙示録2章27節
27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。

鉄の杖には責任が伴うのです、責任が。信仰告白をした真のクリスチャンなら鉄の杖を信じなければなりません。あなた方がどう思おうと関心ありません、鉄の杖を必ず信じなければならないのです。絶対的に鉄の杖による支配を確信しなければなりません。そこから逃れるすべはないのです。これがイエス・キリストによる支配だというのです。黙示録の3章12節にキリストは「新しい名」で来るとありましたね。いずれにせよキリストが再臨される時は、鉄の杖による支配が行われるのです。そして皆さんもそれを用いなければならない責任があります。避けて通ることはできないのです。

黙示録12章5節
女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。

黙示録19章15節
その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

残念ですが、のがれるすべはありません。
これは私の新しい鉄の杖です。トンプソンARがついに製造されました。防音保護をつけています。お父様はどうされたかといえば、最初に造られた会社が銃器工場でした。それが最初の機関企業です。

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お父様は全体主義国家の北朝鮮から来られました。お父様は生のサタン主義、現実のサタン主義を体験されました。政治レベル、国家レベルのサタン主義です。それをご覧になり体験されそこで生活されました。そこで拷問を受け、収監され、政府に従わないという理由で街中で首をつられた死体を見てこられたのです。イエス様が再臨されてそのような統治をすると思いますか。リベラルたちがそうなる運命だと思っているのではないですか。

リベラルの社会福祉政策をさんざんこきおろしておきながら、イエス様がこられたら福祉を願うのですか。どれほど愚かしいかというのです。

キリスト教会にあっても、クリスチャンとはいえ分立しなければなりません。真にキリストのような人、たとえば(あそこにいる)チーフのような人々、実際にその責任を持つ人たち。
そしてその責任を脇に押しのけて、「自分はそんなことはいやだ。イエス様がちゃんと面倒見てくださる」という人たち。それでいかに共同相続人になるというのですか。聖書には「王冠をだれにも渡すな」とありますよ。キリストに判事に指名されたらどうするのですか。

権力と権威には責任が伴います。われわれが権力行使する姿は、神様が権力行使される姿に似たものでなければならないというのです。それが善による支配の姿です。

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ここで鉄の杖を考えてみるとき、私はこのような写真を多く(インターネット上に)アップしています。わたしのスマホにも入っているのでNSA(アメリカ国家安全保障局)はいつでもそれを見ることができます。もちろんFBIもCIAも、私だけでなく皆さんも写真も手に入るでしょう。どちみち彼らの目に留まるなら隠し立てしても無意味です。銃を持った写真を撮り、携帯に入れておけば大丈夫と思っても、NSAは簡単に見つけますよ。もうすでにアクセスされているでしょう。一般のキリスト教会から見れば、気違いに見えるかもしれません、頭がいかれてると。

しかしアベル型の真のキリスト教徒、教会では年季奉公人のような扱いを受けるGOA(米国銃所有者協会)やNRA(全米ライフル協会)の属する人々、他から「本当のクリスチャンじゃない」とかいわれてる、その彼らこそがわれわれの主張を心底理解できるのです。(写真が)何を象徴するのか、銃器が善人の手に渡ることが何を意味するのか、それがわかるのです。大きなシンボルとしての意味があります。
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Google 画像検索結果 http cdn0 thetruthaboutguns com wp content uploads 2017 10 GOA Logo jpg

ルーシェル信奉者、オカルトマニア、こう言った人々は狂ったようにシンボルに走ります。奇妙な印、トイレにもいろいろなシンボルを書き付けているのです。26年間サタン崇拝をしていたザカリ-・キングは、そのシンボルを分析解説しています。

(善人と銃のような)彼らはこういうシンボルは見たくないのです。この種のシンボルが拡散することを好まない。人間にこれをあざ笑うように仕掛け、悪だ、悪趣味だといわせたいのです。善人はこんなことはしない、危ない、危ない、危険、危険だと。「こいつは銃で撃たれて死ぬぞ」とかいって恐怖を与える。では人が車にひき殺されたら車も禁止しなければならない。
誰かが窓から落ちて死んだら、窓を頑丈に閉鎖しなければならない。

壁で囲んで、拘束服でも着せておけば安心だ。そんなことはできないというのです。
(善人が銃を持つ姿)これで、ルーシェル信奉者が混乱するのです。あるいは怒りに震えるのです。サタン崇拝者を怒らせるのが目的です。これは王の車、モビール車です。国進兄さんが寄付してくれました。兄さんはこの車をキング・モビールと呼んでいます。このペイントはまだコンピュータによるイメージです。まだ車にペイントしていません。

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キリストの体(キリスト教会)において誰一人、これまで「鉄の杖」とAR-15などの銃器、その他の銃器一般と結びつけて考えた人はいなかったのです。武装した一般市民・・こんなことを言った人はいないのです。鉄の杖と銃について関連付けて話した牧会者がいたら名をあげて下さい。一人もいません。彼らは鉄の杖が何を意味するのかわからないのです。

イエス様が地上に再臨して天国を築くことは、おとぎ話のようになっているのです。そしてその王国とキリストの支配からおこぼれを頂戴しようと思っているだけです。

これは最も無責任な信仰です。全く聖書的ではありません。なぜなら神の王国では神様は私たちに様々異なった責任を与えられるからです、それは義務と責任・・・そう責任と義務この言葉がしっくりきます。王の果たすべき義務です。

権利には義務が伴います。
これはとても重要です。ここに潜在する文化・・・見た目にかっこよいかもしれませんが哲学的にも非常に深い内容を含んでいるのです。これらすべての中に深い意味合いがあるというのです。私たちはいかにも楽し気に、笑いながらおこなっていますが、しかし本当に深刻な内容なのです。誰が「鉄の杖」をもつのか-これが問題です。

サタン主義者、グローバリスト、中央集権勢力などの政治的サタン主義者がこれ(銃器)をもつのか、神の民がこれ(銃器)をもつのか。これは根本的な霊的問題です。それは誰が地上を相続するかにかかっているからです。

この聖句を見てください。

詩編2章8-9節
わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える。

これゆえ、天一国、神の国の政府は資産をもつことができないのです。アメリカ政府は60%の資産を所有しています。アジアの国は政府が90%握っているでしょう。これはサタンによる支配です。神の国、天一国では、国民、市民が資産を持たなければならないのです。神様が被造世界を愛するように、個人が万物の世話をしなければならないのです。神様が義と善で家庭をいつくしむように、人もそこで家庭をもつのです。

皆さんには王、王妃として自らの王国を守る義務があるのです。
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Author:ニコラス morison
 韓国は北朝鮮と 中国に吸収されていくでしょう。
どうして 怨み深く社会主義化してしまったのでしょう。
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