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絶対性 2012年12月25日 文亨進 TODAY'S WORLD JAPAN より

二〇一二年十二月十五日
文享進世界会長のメッセージ:
米国・ニューヨーカーホテル
真の父母様の教えの核に
2013.2 TODAY'S WORLD JAPAN 12
ムン ヒョンジン
このメッセージは、天基三年天暦十一月三日(陽暦十二月十五日)、 米国・ニューヨーク市のニューヨーカーホテルで、文享進世界会長 が英語で語られたメッセージを翻訳し、整理したものです。なお、 タイトルは編集部で付けました。
(文責・編集部)
聖和後、初めて真のお父様が 夢に現れて語られた一言
私は、生まれてこのかたいつも実に多 くの疑問を抱きながらも、ずっと統一運
動の中で育ち、真の父母様に従ってきま した。 「私たちの運動について、私たちがどの ように世界を動かし、どのようにして全 ての国境や宗教、民族、国家、言語など
の障壁を越えていくのかということにつ の運動にとって、最大の困難の一つにな いて、実に多くの内容を聞いてきましったと思います。 た。そのために、多くの兄弟姉妹たちが
真のお父様は九十三歳(数え)であら 必死に努力し、苦労もしてきました。そ れながらも、皆に力強く号令され、素早 れにもかかわらず、そういったことが現 く動き回られ、誰のところにでも行くこ 実に起こるのを、これまで目にすること とがおできになりました。お父様は途方 はなかったのです。
もない活力と愛情に満ちあふれていらっ 「私たちの目には、真のお父様がいつも しゃいました。それだけに、私たちの多 とても健康で、活力と力強さに満ちあふくがいまだに真のお父様の聖和ゆえに悲 れているように見えました。ですから、
嘆に暮れています。 そのお父様が聖和されたことは、私たち

私はというと、最近の二年間は毎日、真のお父様がどこに行かれるにしても、 お父様に従うことだけに専念し、過ごし てきました。お父様が釣り船に乗られれ ば、私も乗りました。私は、実は船に乗ったり、釣りをしたりすることが大嫌い
なのです。私の趣味の中に釣りという言 葉は存在すらしませんでした。(笑い)
しかも、特に波の激しい外海に出るのが 何よりも嫌いなのです。それでもお父様 が行かれる所にはどこへでもついていきました。
「これは恐らく私の人生にお いて、最も大きな試練の一つ だったでしょう。
しかし、振 り返ってみると、これは、私 が受けることのできた最大の 祝福の一つでした。

私が最も悲しく、苦しかっ たことは、真のお父様が聖和 された後のことでした。
お父 様がもう私を訪ねてくださら なくなったのです。
夢の中に も、幻にも全く現れてくださ らず、ただ沈黙していらっし やいました。
栄進お兄さんが聖和された ときには、栄進お兄さんが私 の夢に現れて私の手を取って くださるなど、あらゆる体験」をしました。
その一方、過去1年間にわ たり、私は真のお父様とずっと一緒に過 ごし、お父様は私の存在全てに対する正 に中心となっていらっしゃいました。
私 は統一運動の指導者であったのにもかか わらず、ほとんど毎日お父様を追い掛け てきたのです。
それなのにお父様は(聖 和後)、もう私の所には戻ってこられず、 私を訪ねてきてくださいませんでした。
そのため、私は本当に押しつぶされるよ うな思いでした。
私は、「自分の髪が伸びて派手になっ たので、訪ねてきてくださらないのでは ないか、もしかしたら自分のヘアスタイ ルを変えれば、お父様が来てくださるの ではないか」と思いました。
それで私は 「再び私好みの、すてきな丸刈りにしな ければならない」と思ったのです。(笑い)
私は多くの人々から禅僧のように見え ると言われます。
禅僧というのは人々に ショックを与えるものとして知られてい ます。
ですから私はきょう、皆さんに幾 らかショックを与えることができればと 願っています。(拍手)
ところで、真のお父様がついに私を訪 ねてきてくださいました。
十二月五日の 朝のことです。私にとってそれはとても 重大で、あまりに意義深いことでした。
お父様がこれまで現れてくださった中で 恐らく、最もはっきりとしたものでした。
「十二月五日は、ACLC(米国聖職者 指導者会議)の執行委員会がイーストガ ーデンに私たちを訪ねてくる日でした。
ですから、それはそのための準備だった のではないかと思います。

その日の早朝、真のお父様は幻の中 で、非常に力強いお姿で現れてください ました。
何か祝福があったようなのです が、お父様は非常に怒っておられ、まる で総合格闘技のグラウンド&パウンドの ように、人々を殴っておられました。
あ まりにも恐怖に満ちた幻でした。 「私は周囲を見回し、「ああ神様、一体 何が起きているのですか?」と言いなが ら、状況を正確に把握しようとしまし た。
すると真のお父様が、私の方に向か ってこられ、その目は私の目をずっと凝 視しておられたのです。
今度は私が大目玉を食らう番がやって来たと思い、
あ あ神様、私はこれから死ぬ目に遭いそう です。
もうすぐ後頭部にげんこつを食ら いそうです」と思っていたところ、お父 様はただ歩いて通り過ぎて行かれ、一 言、「絶対性!」と言われたのです。

「この「絶対」という言葉の中には「永遠」 「忠誠」「誠実」といった意味も含まれて います。
それはまた「栄誉」「不変」「永 久」も含まれており、これらの意味合い が全て「絶対」の中に組み込まれている のです。
真のお父様はとてもはっきりと現れま した。
すぐに私は妻を起こし、今見た夢 を忘れないように妻に語りました。
そし てその日、私は二つのグループ、つまり、 まず青年のグループと、次にACLCの 人々に会いました。
「青年たちと話し合っているとき、ある 姉妹から重大な質問を投げかけられま した。
過去二年間、私は韓国・ソウルの 天福宮で説教を行いながら、「真のお父 様はキリスト教では再臨主、仏教では弥 動仏、イスラームのシーア派ではマフ
ディ、儒教では真人として来られて、全 ての宗教の目的を完成される」と語って きました。

そのことに関して彼女は、「統 一原理では、特定の宗教を信じていない 人々を、科学や知識などを通して神様を 探求するような、神様によって備えられ た『その当時の良心的な人々」としてい ますが、そういういかなる宗教も信じて いない人々はどうなるのですか?」とい う、とても難しい質問をしてきたのです。
それが、なぜ非常に難しい質問だった のかというと、私は天福宮で説教を行い ながら、
そこにイエス様や仏陀や孔子、 それに(コーランの形で)ムハンマドの 美しい銅像を、市街に向かって全市民を 抱くかのような姿勢で建てました。
それ は多くの宗教を学んだ人にとって、本当 に誇るべきものであり、私にとっても本 当に自慢できるものだったのです。
しか し、私はそれらの銅像について語るたび に、自らが心霊的に鼓舞される一方、そ れらの像を見ながら本当に落胆させられ たりもしてきました。
というのも、それ らの神学を知ってみると、それらの宗教
の中の、幾つかの要素によって、互いに 和解できずにいるのです。
そして、たと え神学的な議論を通したとしても、それ らを和解させることはほとんど不可能な のです。
そのため、私はいつもそれらの像を見ると勇気づけられる一方で、憂鬱 にもなりました。

ですから、その姉妹が私にその質問を してきたとき、こういった全てのことが 私の頭に浮かんできて、私は「絶対性」 という単語だけを発したのです。
すると 彼女は「えっ、何ですか?」と問い返し ました。
そこで私は、彼女に次のように 答えました。
「性の問題は誰もが考えることです。 仏教の僧侶も、キリスト教の牧師や神父 も、イスラームのイマーム(導師)でさ えも、
宗教や人種、民族、言語、年齢を 超えて、誰もが性について悩みます。

ですから、普遍的に誰にでも、あらゆる事 情を超えて存在する問題なのです。
どこ に行こうが、必ずついて回る問題です。 コンピューターをつけても、テレビをつけても、いつも目に入ってくるのは性に関することです」
そして、私は座って、その姉妹に語り かけました。

「これは明らかに誰もが例外なく悩ん でいることですが、宗教はこの中核的な 課題についてただ沈黙しています。仏教 の修道文化には僧侶の修道規範があり、
性について実に細かく定められた多くの 規定があります。例えば仏僧は自分の生 殖器を二つの硬いものの間に差し入れて はならないとされています。人々が実際 にそういうことで悩むので、修道規則の
中に現実の規範として含まれているので す。しかし私たちは決してそういうこと を語りたいとは思いません。宗教はこの 問題に対し、沈黙を続けてきたのです」

毎日の訓読会で必ず語られた内容

「このようにその対話を進めていくうち に、「実際に『原理』の核心は何だろう か? 真の父母様の教えの核心は実際に 何だろうか?」と考えていきました。
私 たちはそれを「真の愛、祝福結婚、授受 作用、創造目的だ」と言ってみたり、
あ るいは「真のお父様は罪の根を発見され た。聖書の摂理歴史を解明された」と言 ったりします。
「しかし、「原理」の本当の真髄は一体 何なのだろうかと突き詰めていくと、結 局、「原理」の真髄は性の問題にほかなりませんでした。
それが「原理」の核心 なのです。
「神様の創造目的とはすなわち、真なる 夫と真なる妻の間の絶対性によって築か れる家庭を通して、愛と生命と血統を繁 殖していくことなのです。
それを私は「善 なる性(グッド・セックス)」と呼びま す。
それに対して人間の堕落は「悪なる 性(バッド・セックス)」であり、それ によって全てがめちゃくちゃにされてし まいました。

復帰のプロセスというのは、「善なる 性」の復帰にほかなりません。
実際、「原 理」全体や真のお父様の教え全体の、真 の愛、夫婦関係、あるいは他のために生きることなどの全ての素晴らしい内容の 核心を突き詰めていくと、
お父様が実際 に語られているのは正に性にほかなりま せん。
お父様は善なる性について語って おられるのです。

今ではこのように悟ったことが、正に 真のお父様の教えを凝縮しようとしてき たことであるだけに、自分自身の心の中 で非常に明解になっています。
それは何かというと、他のために生きることであ り、あるいは神様の真の愛を相続するこ となのです。
「私たちは真の父母様の教えを要約して 説明しようとしてきましたが、真の父母 様の教えの根本的な主題は、いかなる階 層や年齢層、あるいは境界をも超越する のです。
誰もが実際、その頭の中は性に 関することが大きな位置を占めていま す。
ところが、不幸なことに、世の中に おいては私たちの心を満たしているの は「悪なる性」です。性について最も主 張している人々は、
伝統的な結婚や永続 する夫婦関係を宣伝するのではなく、自 由恋愛や同性愛といった「悪なる性」を 宣伝しています。
彼らが「悪なる性」を あまりにも声高に宣伝するので、その声 が私たちの耳にも入ってこざるをえませ ん。

私たちが社会のどこに行っても、学校 においてですら、彼らは中学生たちに性 教育と称して男性器と女性器の話をし、 バナナにコンドームをかぶせて実演して みせているというのです。
これが、この世の中で教育を受けざるをえない私たち の子供たちが直面している現実なのです。
宗教界の人々は、このような話は汚 らわしいことであり、自分たちは禁欲す べきであり、かかる議論に加わってはな らないとして、そういった問題について 一切口を閉ざし、語ろうとはしません。
「だからこそ真のお父様は、過激なまで に違っておられるのです。
私は毎日お父様と一緒に過ごしながら、絶対性につい て驚くほど感動させられました。
お父様 はいつもそのことを語られました。朝 も、昼食のときも、夕食のときも、就寝 なさる前にも、いつも性について語られ ました。
「朝起きてすぐに訓読会をするときも、 性について語られました。
真のお父様は どんなときにも二十分以上にわたって、 凸凹といった性に関する話を毎日語られ ました。毎日、毎日、いつもその話をされるのです。
そのため皆、それを聞いて 衝撃を受け、「一体レバレンド・ムーンは なんと汚らわしい話をしているのか? 何が言いたいのか?」とあきれ返るほどでした。

今も覚えていますが、真のお父様のと ころに世界各国の元首たちが訪問する 中、あるとき、オセアニアの一国である サモアの大統領が来訪しました。
そのと きの訓読会でも、お父様は性について図 解入りで詳しい説明をされました。
その 大統領はその場に座っていて、「一体何 が起きているのだろうか?」といぶかし げに見ていたのですが、実は通訳者がとてもお父様のみ言を通訳できなかったのです。

ではなぜ、真のお父様はそれほどまで に性について語っておられたのでしょう か。私たちはその話になると耳をふさい で、聞くまいとします。
また、困惑させ られてしまうのです。しかし、よく考え てみると、お父様が常に指摘しておられ たように、性を宣伝し、謳歌しているの は、この世を支配しているサタンなので す。
サタンは毎日、それも一日二十四時 間、テレビやコンピューター、ラジオを つければ、いつでも悪なる性におぼれる ように、悪なる性を全ての人々に吹き込むことによって、
その心や考えを支配しているのです。

こうして、私は自分の父親である真の お父様の教えの核心が、性の問題である ことを発見し、少々衝撃を受けました。
過去二年間、何百日にもわたり、毎日の ようにお父様に頭をたたかれても、私は 悟ることができず、頭の中で明確に理解 することができませんでした。

『天聖経』の中からお父様が絶対性に ついて語られたみ言をリストアップして みると、膨大な量のみ言が見つかりまし た。
そして分かったことは、絶対性とい う言葉には、非常に広範かつ美しい意味 合いがあるということだったのです。
 
 真のお父様が明かされた 「宇宙の根本」
「統一運動の中で育った若者の立場から すると、私たちが性に関して耳にするも のは全て堕落したものであり、
悪なる 性、堕落の性は恐ろしく、最悪であり、 全てを破壊し、全世界にサタンの血統をつくり上げた、この上なく邪悪なもので した。
ところが、私たちがいったん祝福 を受けると、全てが許され、サタンの血統から決別することができ、善の子女を たくさんもうけることができるようにな ります。

私たちが耳にしてきた全ては邪悪で、 恐ろしく、汚らわしく、不名誉で不道徳 なことばかりだと聞かされていました が、その一方、絶対性には、栄光と喜び だけがあります。
その「善なる性の中に は神様が留まられる」という内容を唱え る運動が一体どこにあるのでしょうか。
ところが、私たちはそういう話題に触れ ようとさえしません。私たちは皆、誰も が性について考えているのにもかかわら ず、それについて語りたいとは思わない のです。私もそうです。
私はどちらかと いうと、仏教の僧侶のようであり、私も そういうことについていつも語りたいと は思いませんでした。
ところが、真のお 父様はこの見解において明確であり、これこそが全ての中核であるとされているのです。


「それでは、私の言うことが信じられな いかもしれないので、真のお父様のみ言 を見てみましょう。
これは一九九六年、 米国の首都ワシントンで、多くの高官や VIPが参席して行われた晩餐会で語ら れた「宇宙の根本を探して」というみ言 です。
「では神様はアダムとエバから何を期 待したのでしょうか。神様は彼らから絶 対性を期待したのです。
「この場にお集まりの世界の指導者の皆 様が、この真理を学んで、皆様の故国に 持って帰ってください。
皆様が自分の国 で絶対性を守る運動を始めるなら、皆様 の家庭と民族は天に直行するでしょう。
「絶対性があれば、自動的に絶対的なカ ップルが現れてきます。フリーセックス やホモセクシャルやレズビアンといった 言葉は自然に消滅していくでしょう」
別の箇所を見てみましょう。
「皆様は今、絶対純潔、唯一、不変、 永遠の生殖器を中心として、これを基盤 にして、神様をお求めになるようお願い します」(同)
神様を探究していく基礎です!
水曜 日の説教で語りましたが、もし皆さんが 真なる夫として、自分の相対者を探し求 め、そして真のお父様が語られるよう に、
あなたの相対者の生殖器を探し求め るならば、それは神様を探し求めること になるのです。
このように語ってくださ るかたが、世界中に真のお父様のほかに いるでしょうか。
性についてこれほど明 確に語られるかたがほかにいるでしょう か。
誰にもできないことです。
私たちに とって、善なる性がいかにあるべきかに ついて教えてくださるかたは、お父様以 外には誰もいません。ただお一人、真の お父様だけなのです。
「では次のみ言を見てみましょう。『天 聖経』からです。

『天聖経』を見ると、 その中にはこの問題に関するみ言が限り なく与えられています。
「(それは)天上天国と地上天国の本然 地、出発地だということを知らなければ なりません。

その次は、自由と幸福と平 和の起源地です」(一九九四年六月九日) ここで真のお父様が「それ」と言われ
ているのが、生殖器なのです。すなわち 生殖器こそが、地上天国と天上天国の根 源であり、起点なのです。
真なる夫と真 なる妻が真の愛を完成し、他のために犠 牲の道を生き、互いに完全に愛し、侍 合うならば、その関係の中から天国が出 発し、自由と幸福が始まるというのです。
「私は(世の中のカップルについては) 堕落の悪なる性についてばかり耳にして きました。
しかし、私たちの祝福カップ ルを見ても、彼らが互いに愛に夢中にな って、いつもキスをしているという姿を 見たことがありません。
私が見かけたの は、夫婦が別々の部屋や別々の地域に住 んでいたり、触れることも抱き合うこと もなかったりといった光景ばかりです。
若者なら、そういう結婚に何の魅力も感 じません。そんな結婚なら、したくもあ りません。
祝福結婚を受けても、そうい う結果になるのなら、祝福など受けたく はないのです。
「私が願うのは、温かく、愛に満ちて抱
擁し合う関係です。私たちの祝福家庭が そのような姿を見せ、真の愛について公
然と語れるような姿を見せていたならば と思います。
なぜ真のお父様は、常に生 殖器についてあれほどまでに公然と、う れしそうに、楽しそうに語っておられた のでしょうか。
「私はもともと、真のお父様とお母様の 関係を見て、自分も結婚したいと願って きました。
青年になれば、私たちは祝福 を受けたい、結婚したいと願うこともあ ります。
しかし、それは必ずしも世俗社 会が与える、現世的な側面に引かれて結 婚を願うだけではありません。
私にとっ ても結婚という問題は、心の上にのしか かっていた非常に大事な問題でした。
真のお父様は、(絶対性によって)皆 さんが、天国の最高の境地に至るであろ うと明確に語られました。
お父様は、性 について語ることを恥ずかしがられるこ とはありませんでした。
それを恥ずかし く思っていたのは私たちだったのです。
私もいまだに性について、皆さんに語る のを気まずく感じています。顔が真っ赤 になっているでしょう。
それでも私は、 お父様がそのことをとても明確にされたので、自分もそのようにしようと思いま す。
それこそがお父様の教えの中心だか らです。

『天聖経』から、一緒に読んでみましょう。
「地上天国の起源であり、天上天国の 起源であり、神様の幸福の出発の起源 が、そこで形成されるというのです。神 様の笑いの土台がそこから出発します。
愛を見つけて、神様が踊れる場が、その 場です」(一九九四年三月十三日)
真のお父様は、神様は真なる夫と真な る妻の、ハラペーニョ(唐辛子、男性器 の象徴)と薔薇あるいは蓮の花(女性器 の象徴)の中で踊っておられると表現さ れています。
神様はそこにおいて完全に 満足されるのです。
神様は、夫婦が結婚 のときを迎え、一緒になって互いに愛 し、仕え合うときに幸福を満喫されるの です。
真のお父様は実に明解に自らの教えの 核心、すなわち「原理」のかぎは絶対的 な性、つまり「絶対性」にあると語り、 実に公然とそのことを明かしてこられました。
そして、皆さんも今一緒に読んで きたように、それこそが天国の出発点で あると語られたのです。
イエス様が例えを通して 教えられたこと



イエス様の例え話を見て、きょうのテ ーマを部分的に検討してみましょう。
マ タイ福音書一三章に弟子たちがイエス様 に「なぜ、彼らに警でお話しになるので すか」(2節)と尋ねたときに、
イエス 様は「あなたがたには、天国の奥義を知 ることが許されているが、彼らには許さ れていない。
おおよそ、持っている人は 与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも 取り上げられるであろう。
だから、彼ら には譬で語るのである。
それは彼らが、 見ても見ず、聞いても聞かず、また悟ら ないからである。
こうしてイザヤの言っ た預言が、彼らの上に成就したのである」 (11~14節)と答えられました。 この部分を読んで考えてみると、イエス様は二千年前、既に絶対性について語 っておられたのです。
イエス様は創造原 理や堕落論をご存じで、その奥義を弟子 たちに教えていたのです。
ところが、 人々の不信仰のゆえに、イエス様はその ことを明確に明かすことができませんでした。

このことを真のお父様のご生涯と比較 してみると、お父様は三十三歳のとき、 この問題について明確に語ることはおできになりませんでした。
忘れてはいけな いことは、お父様が今の私ほどの年齢だ った頃、当時の全体的環境において、ほ とんど秘密のまま、隠して教えざるをえ なかったことです。

もっとお年を召さ れ、七十、八十代になってようやくその 内容を、ほとばしるように語り始められ たのです。
それからお話が実に明快にな っていきました。

マタイ福音書一三章を見てみると、イ エス様はあらゆる例えを使って、天国に ついて語っておられます。
天国は種播き のようであり、からし種のようであり、 パン種のようであり、畑に隠した宝のようであり、あるいは良い真珠を探し求め る商人のようだとしながら、
イエス様は 何かについて語られました。これらの話 を、創造原理や堕落論、復帰原理といっ た知識なしに読むならば、イエス様が一 体何を語っておられるのか理解できない でしょう。

「しかし、真の父母が再臨主として来ら れ、天国がここにあること、それが、真 のお父様がいつも語られたように絶対 性、すなわち凸凹から出発することを明 確にされました。

永遠不変の真なる夫と 真なる妻から天国は始まるのです。この ことが分かれば、これらの比喩が意味し ていることも理解できるでしょう。
「ここでは、時間の関係上、これらの例 えを全て見ることはできないので、その 代表として一つだけ、雑草の例えを見て みましょう。
「また、ほかの讐を彼らに示して言わ れた、『天国は、良い種を自分の畑にま いておいた人のようなものである。
人々 が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒 麦をまいて立ち去った』」(マタイ13章24~25)

「イエスは答えて言われた、『良い種を まく者は、人の子である。畑は世界であ る。
良い種と言うのは御国の子たちで、 毒麦は悪い者の子たちである。
それをま いた敵は悪魔である』」(マタイ13・37~39)
  
イエス様は、明らかに誰が毒麦の種を まくのか分かっていて、
「あなたがたは 自分の父、すなわち、悪魔から出てきた 者であって」(ヨハネ八・独)と明言し ています。
畑を乗っ取る毒麦の種をまい たのがサタンであることを、明確に分か っていたのです。
そして、もし真のお父様がこの例えを使われ、このような表現 をされていたならば、私たちは皆、お父 様が何を言われようとしているのか分か るはずです。
「畑に種をまく」や「敵の 手によってまかれた毒麦」、「毒麦の出ど ころは悪魔」といった表現が何を意味す るのか、私たちは知っています。
真のお父様は何について語っておられ るのですか? 悪なる性についてです か、善なる性についてですか? 善なる性ですね。皆が「善なる性」と言います。
皆さん、目覚めてください、よろしいで すか?(「善なる性!」)
天国はどこから出発するか

しかし皆さん、考えみてください。
晩年の真のお父様を見てみると、原理本体 論に集中しておられ、(キリスト教牧師) 一万三千人が原理本体論を学ばなければ ならないと言われて、
全ての国々に原理 本体論三十日特別教育を学ばせました。

原理本体論と従来の統一原理との主な違いは何かというと、創造原理にその違い がありますが、より明確に言うと、その違いは絶対にあります。
つまり原理本体論と統一原理の大きな 違いは絶対性にあり、それは実に大きな 違いです。

だからこそ真のお父様は、その聖和の日まで、私たち全員に原理本体論三十日特別教育を学ばせようとされた のです。
お父様は原理本体論を学ぶよう にと言われましたが、そこにヒントがあります。

「真のお父様は私たちが善なる性を学び、実践しなければならないと語られていたのです。  私たちは喜びに満ちあふれていなければなりません。
私たちは神様 を褒めたたえながら、栄光の中で神様を礼拝し生きるようにならなければなりません。
神様は皆さんによって、そのカップル間の愛と性を通じて元気づけられなければならないのです。(拍手)
誰もが「どこでそれ(絶対性の話)を聞くべきか」、「どの教会でそれを聞くべきか」ばかりを考え、それについて語り合いたいという人は一人もいません。
私たちは今まで、その(性の)問題に対する人々の不信仰について語ってきました。
真のお父様はその秘密を解明されま したが、それは非常に簡単な話であり、 天国を創建しなければならない。
悪なる性が世界を破壊してるという事だったのです。
それでは、何がその解決策なのでしょうか? 悪なる性には、不倫・姦通やあらゆる性的倒錯が含まれています。
悪なる性は世界を破壊し 国はいつしかその前にひれ伏すのです。
その解決策は何かというと、とても簡単です。
悪なる性が破壊するものなら、  何がそれを再建するのかというと、それが善なる性なのです。

それが天国の鍵です。
そのため、お父様は「スペア・キー はない!」と非常に明快に言われました。
天国への鍵は絶対性なのです。それ が夫婦を一つにするのです。
ですから喜びと愛、神様のための 神聖なる喜びの踊りに満ちあふれていなければなりません。
真のお父様は踊りと言わ。私 れましたが、それが夫婦の、また家庭、
氏族、民族、国家、世界の絆を強めていき、天国が築かれるのです。

 私はたくさんの講義を聞き、そのたびに 
 私たちは天国を創建しなければならない。  
 私たちは神様の祖国を創建しなければならない。
 私たちは神様の世界を創建しなければならない。
 私体は他のために生きなければならない。
 と聞かされてきました。
 しかし 私には それをどうやって成したら良いのかわかりませんでした。
 どこから 出発すべきなのか、躊躇せず、比喩や象徴的な表現ではなく、明確にわかりやすく示してほしかったのです。
どこからスタート すべきか、明確にしたかったのです。
真のお父様は非常に明快です。
それは 性愛から始まるのです。
 聖なる性です。
真なる意味で、祝福において、夫婦間で 愛し合う関係において、日々の生活にお いて、夫婦が互いに相手のために侍り、
仕えるにおいて、例えば夫ならば、妻の ために足の爪にペディキュアを塗ってあ げたり、ゴミ出しをしてあげたりといっ た夫としての五パーセントを果たすので す。
私たちは皆、そういったこと全てを 毎日していますね。大丈夫ですね。
こういった愛し合う関係の中において、夫婦間の和合一致の最高の境地が成され、一つになって天一国の絶対性が成 し遂げられてこそ、神様が私たちの中に 臨まれ、住まわれるようになるのです。
 

真の父母様も同様です。
真のお父様 は、「あなたが相対者と真の愛の絶対性 をなすときに、真の父母があなたのただ 中に来られ、住まわれるようになる」と 語っておられます。
冗談を言っているの ではありません。
その幸福と喜びの中に、神様と真の父母様 が住まわれるというのです。
実際にこう いう明快な内容を知ってみて初めて、「あ あ、そういうことか!」と、自分にとっ てお父様の教えが非常に容易に理解でき るようになり、そのことが大きな力を発 揮するようになります。
その理解によって全ての疑問が一つ一 つ解かれ、それぞれに対する疑問の解答 が得られていきます。孤独感も、心の中 の空虚さも、全てが解かれていくので す。
真のお父様がより明快かつ具体的に 語っておられる真の愛、真なる夫と真な る妻の間の素晴らしい、親密な関係(絶 対性を通した真の愛)の最高の境地こそ が、天国の出発点となるというのです。
皆さん、神様と真の父母様の栄光を褒め たたえましょう!(拍手) 「私たちが今、こういう話をしていると きにも、皆さんの中には気分が良くない かたもおられるかと思います。
皆さんは 恐らく、私がきょういつものように「皆 さん、目を閉じて、息を吸って、吐いて .........」と、瞑想の話をするだろうと思っ来て来られたかもしれません。

皆さんはこ の坊主が現れて、最初から最後まで性愛 の話をするなどと思ってもみなかったこ とでしょう。
それでもあえてそうしたの は、実際、このことについて、真のお父
様の教えがあまりにも明快だからです。 「私たちが、教会の食口たちの間で話し
合うときにも、祝福家庭が真に祝福を喜 び楽しむことができ、本当に夫婦が幸福 に浸ることができ、そしてそのことが誰
目にも明らかに分かり、その喜びがあ れ出て、私たちが共に......。
例えばか ってスターリングス大司教をはじめ祝福 を受けた聖職者たちともそういう喜びを 分かち合ったとき、その場は神聖な場と なりました。
それこそが聖なる交わりでした。

合わせているならば、私たちがいつも悪 なる性によって、攻撃にさらされていたりはしないのですが、しかし同時に今私 たちは闘っています。

「私たちが今、善なる性について常に語 り、善なる性によって自分たちの心を満 たそうとするのは、皆さんが外の通りに 出ればすぐに、サタンの侵入の魔の手を 目の当たりにし、
あらゆる角度から、い つ何どきでも、あらゆる瞬間に侵入して こようとするサタンの侵入から自らを防 護できるようにするためです。
こういう ときこそ私たちは、善なる性を自分の頭 の中にたたき込まなければなりません。
そうすれば、常に心の中で瞑想し、善な る性で心を満たすことができるようにな ります。
そうなればサタンは、私たちの 中に侵入できなくなり、そうなってこそ 私たちはいつでも、自分の相対者を求め ることができ、そして真の愛と統一の中 にいることができるようになるのです。

天におられる真のお父様が、そのこと をとても明確にされたので、私には皆さ ん全員とこれからなすべきことがたくさんあります。
私はこれまで、私たちの運 動全体の核心が何なのかを本当の意味で 突き止めることができず、この問題で葛 藤してきました。
私たちの神学の核心が 何なのか、これまで突き止めることがで きなかったのです。
真の父母様の教えの 核心が何なのか突き止めることができま せんでした。
私はあまりに多くの人々が「真の愛、 他のために生きること」についてあれこ れ語るのを聞いてきました。
しかし、そ ういった素晴らしいことがらを本当に明 確にするために、「自分自身にとって、 完全に理解できるパスワードは何だろう か?」と疑問に思ってきました。
つまり、 真のお父様が語られた何百巻にも及ぶみ 言の中で、その内容全てが自分にとって 理解できるようにするパスワードは何な のかが疑問だったのです。
「お父様が語っておられたのは、「真の 絶対的な、善なる性」という、唯一のこ とにほかなりません。
皆さん、このこと を恥ずかしがらないでください。「善な る性!」と言ってみましょう。
(「善なる性!」) 「統一食口はこれを恥ずかしがるべきで はありません。皆さん、立ち上がってく ださい。
今こそ「善なる性の運動(グッ ド・セックス・ムーブメント)」を立ち 上げるときだからです。
結婚を変革し、 家庭を変革し、社会を変革し、そして、 米国に喜びを回復するためにです。
性を、善なる性を褒めたたえましょう。
今こそ全米一万三千人を動員して「善 なる性の運動」を全米に起こし、そして 全世界に広めていくべきときなのです。

 雲に乗り、炎を手に来臨される主が、真 のお父様が、ここにおられるのです!!!

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ニコラス morison

Author:ニコラス morison
 韓国は北朝鮮と 中国に吸収されていくでしょう。
どうして 怨み深く社会主義化してしまったのでしょう。
 なぜ?イスラエルの様に亡ぶのでしょう?
 考えたことがありますか?